急いでるときに信号機を遠隔操作してる奴、誰なんだよ
あれ、絶対誰かが操作してるだろ。俺が横断歩道渡ろうとするたびに赤信号になるように仕向けている奴、絶対いるだろ。あと、バター塗った食パンを遠隔操作して塗った面を下側にしてる奴も同じ奴だろ。どんだけ操作好きなんだよ。操作好きなの?操作してる人「そうさ!」じゃないんだよ。そういう俺は躁なんだよ。「躁さ!」なんだよ。You are my 躁!躁!鬱もすぐそばにある!←これは躁鬱の嵐。あと、嵐が鳥取砂丘を散歩して砂嵐になる企画、なんでやらなかったんだよ。だいたい、「鳥取」って、漢字の順番逆だろ。取鳥って書け学園。出た、加計学園の亜種ね。どんな亜種だよ。獣医学部と鳥取の鳥が掛かってるのか。無理やりすぎるんだよ。もっと自然にボケろよ。自然を大切にしろよ。環境保全団体か。環境保全団たイカというイカ。どんなイカだよ。以下略。イカだけにwじゃないんだよ。これはどういうブログなんだよ。俺を遠隔操作してる奴は誰なんだよ。
MAXコーヒー甘すぎるだろ
甘すぎてスピードワゴンの井戸田がキレる奴だろ。井戸田「甘すぎるだろ。しね」。いや井戸田はキレ芸じゃないんだよ。誰なんだよそれは。ぽまえは何者なんだよ。ぽまえって言うな。オタクだろそれ。お前をぽまえっていう奴、上唇と下唇がくっ付く病気かよ。どんな病気だよ。聞いたことないわ。聞こえないわ。難聴!?ナンチョウという蝶。蝶を油で揚げた料理、バタフライ。くだらないな。くだれ。この山は危険だから、早くくだれ。山で遭難したときに突然現れて助言してくる謎の人ね。なんだそりゃ。「あ、人だ!すみません、僕たち遭難してしまったんです!助けてください!」「そうなんだ!遭難だけにってねw」じゃないんだよ。お前、遭難してる人がいるのに無関心な人か。もっと人道的に振る舞え。人道的に振る舞うって、NPOかよ。オチが見つからないんだよ。助けてくれよ。オチを付けてくれるNPO、オチNPO。下ネタかよ。もうええわ!どうも、ありがとうございましたー!漫才の締めだろそれ。芸人が漫才終わるときのやつだろ。締め方が甘いんだよ。甘すぎるだろ。しね。いやキレ芸のスピードワゴン井戸田
地球は平面じゃないのかよ
地球が球なのを俺たちは直接見たことないだろ。だったらなんなんだよ。ナンなのか。ナンって、カレーに付けたらおいしいあれだろ。なんだそりゃ。ナンだけにwじゃないんだよ。ナンのダジャレを言い始めたらキリがないんだよ。なんでもありなんだよ。ナンだけにwじゃないんだよ。ナン好きすぎるだろ。ナンセンスだなぁ←難癖!?ここまで全部ナンのダジャレなんだよ。地球が平面の話はどこ行ったんだよ。結局地球はナンだろ。どういうことだよ。地球にカレーをかけて、んー地球美味いなぁwじゃないんだよ。歳を取ったカレー、加齢。なんだよそれは。カレー味のうんことうんこ味のカレーみたいな?全然違うよ。そもそも「カレー味のうんことうんこ味のカレーを選ばされる状況」ってどんな状況なんだよ。作るのが大変だろ。お前、「カレー味のうんことうんこ味のカレーを選ばされる状況」って、マッドサイエンティストの復讐だろ。どういうことだよ。「ふっふっふ、カレー味のうんことうんこ味のカレーを選ばせる状況を迫ることで、昔私を痛めつけた奴に復習してやるぞ…」って、復讐の手段がしょうもないんだよ。もっとこう、他にあるだろ。あるだろって言っておいて、ぱっと出てこないんだよ。復讐したことないから。ちっちゃな頃から優等生なんだよ俺は。いや、Adoかよ。頭の出来が違うので問題はナン←ナシだろ。ナンのくだり引っ張ってんじゃねぇよ。
ブログに書くことなんてないんだよ
ブログ書くの継続してみようと思っても続かないんだよ。テーマがあっても、そもそもどう書けばいいのかわからないんだよ。小説とか読まないし、文章にもあまり触れないからそういう思考がないんだよ。もっと考えて賭け。それを言うなら「書け」だろ。何を賭けるんだよ。ギャンブルか。賭博黙示録カイジか。カイジをネタにしておきながらカイジの知識そんなにないんだよ。ガイジのくせに、カイジそんなに知らないんだよ。どういうことだよ。世界はどうなってんだよ。宇宙もどうなってんだよ。話が広がりすぎなんだよ。ビッグバンみたいに。宇宙だけにー?wじゃないんだよ。面白くないんだよ。現実と向き合えよ。何のブログなんだよこれは。収集を付けろ。ゴミ収集車呼んで、このブログを持って行ってもらえよ。さっきから何を言ってるんだよ。ゴミは俺なんだよ。さっきから語尾が「よ」なの、気になりすぎるだろ。きになるきになるって、この木何の木かよさっきから。日立か。日立と書いてヒタチなの、なんか納得できないだろ。ニチリツって読みたみあるだろ。「読み民」という、民。なんだそれ。少数民族か。なんだ今のやつ。マジョリティのタカアンドトシ?トシ「少数民族か!」じゃないんだよ。
↑これ病気?
進撃の巨人が好き
*微ネタバレあり *ただの備忘録
いよいよ来月で完結。
進撃の巨人のテレビアニメシリーズは僕が中学3年生のときに始まった。当時、「人間が巨人という怪物を倒していくだけの物語」と小ばかにしながら流し見していたものだ。主要キャラが次々と巨人化していくのも当時は意味不明だったのを覚えている。当時未熟者ながら、本当に心底つまらないアニメだと思っていた。
認識が変わったのはシーズン3からだった。この期から本格的に「巨人との戦い」から「人間との戦い」へとシフトしていく。巨人との戦いを売りにしていたことから思わず「は?」と思ったものだが、話の進行とともに明らかになっていく世界の真相と怒涛の伏線回収に圧巻鳥肌で気づいたら大ファンになっていた。
「”強大な力を持つ巨人”も物語のキーの一つに過ぎず、蓋を開ければ人間同士のクソみたいな殺し合い」だった。ここまで世界観が作り込まれているとは思っていなかったものだから、この期は本当に毎話毎話が衝撃だった。
進撃の好きなところ1は、「世界から選択を強要される登場人物たち」。
この理不尽で残酷な世界では、どの登場人物も結果のわからない過酷な「選択」を迫られ、その「選択」について責任を持たなければならない。それが多大な犠牲を払う選択だったとしても、世界は「選ばない」という選択を許してくれない。哀れなものは何かのために理不尽に死んでいき、生き残った者は死者に死んだ意味を与え、自身が生き残った意味を問い続けなければならない。そこらへんの描写が現実的でシビアですごい。(この面で個人的にかなり好きなのは、エルヴィンの代わりに生き残ったアルミン、特攻命令で自分だけ生き残ったフロックの対比)。
進撃の好きなところ2は、「憎しみと許し」。
ファイナルシーズンまでを通し、この作品は「憎しみと許し」を一つの大きなテーマとして描いていると思っている。人が人を憎み、理解し、許すという「本来あるべき循環」を映し出しつつも、そこ(サシャ父曰く、森の外)へたどり着けない哀れな人間たちが容赦なく描かれる。しかも大胆なことに、この作品は「憎しみと許し」のうちの「(巨人への)憎しみ」の部分を前半すべてにかけて描いているため、後になって憎しみが持つ意味も大きく変わり、テーマに深みが増していく。人の優しさと冷酷さのサンドイッチ状態で頭がおかしくなるけど、実際の世界と比べながらいろいろ思考を巡らされる。
もっと語りたいけど、とりあえず完結後にまとめて追記したい。
諌山先生は化け物だと思う。最終話がとにかく楽しみだ。
テツandトモのなんでだろうが面白いのはなんでだろう
本当に面白い。たまたまYouTubeで見つけた動画を眺めて3時間くらい笑いこけた。こんなに笑ったのは何年ぶりだろう。
今さら言うまでもないがテツandトモは異次元すぎるよな。
高校の文化祭や会社の演芸大会などで、芸人の既存ネタをコピーして練習すればそこそこの完成度にはなるかもしれない。だが、テツandトモの「なんでだろう」に限って言えば、こればかりは誰しも本家は越えられない。越えるべき壁が高すぎるし厚すぎる。誰も足を踏み入れることができないその絶対的な壁の向こう側で、彼らは我々の見ることができない景色を見ている。
彼らの表情の一つ一つ、歌声、動き、ギター捌き、すべてが極められていて、毎度同じものを見せられているにもかかわらず、魔法でもかけられたかのごとく笑ってしまう。雰囲気の作り方が尋常じゃない。
一発屋で成功して、その一発が20年続くということが恐ろしい。常人が平成の三分の二、さらに言うと人生の半分を「なんでだろう」に費やせるか?そんな途方もない時間を芸を極めることに注いできた彼らのひたむきな姿勢に頭があがらず涙したたる。20年色褪せない笑い。もはや笑いの化け物。
もう人間国宝として、落語や講談のように2代3代と継承させなければいけない段階まできている。本気で言っている。ここまで熱く語れるのはなんでだろう。なんでだろう。